2008年02月14日

『トラや』

本屋をうろついていると、書評に載っていたこの本が目に飛び込んできた。活字が大きく、余白もたくさんあるあまり好きにはなれない装丁なのだが、鬱病になった医者がトラという名の猫の一生(15年)と共に次第に回復していく様子を描いた自伝である。鬱状態の記述は生々しいが、その繊細な感性は猫の様子、尊の様子、子ども達の様子に、風景に至るまで丁寧に描き出す。

私自身、実家では猫と暮らしたことがあり、この作家の描き出す猫の仕草や行動の記述が、あたかもウチの猫であるかのようにリアルに思い出された。そしてまた、私はウチの猫の死に際には立ち会うことができなかったのに、トラの死がそのまま重なって虚像を生みだす。

たぶん、この著書を手に取る猫好きの人は、私と同じ経験をすることになるだろうと思う。
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2007年08月27日

黄色い車、ごねる!

彼のsecond carを通勤車として私が使っている。普段、車庫内に入れているのだけど、その時一晩外に出しっぱなしにしていた。

翌朝、エンジンを回すと、すうっとパネルの照明が消える。もう一度やっても駄目だ。これはバッテリーをあげてしまったと、出勤体勢の彼を呼び止める。彼が充電グッズの準備をしてくれている間に、気を取り直してもう一度エンジンをかけてみる。ドドドと低いいつも通りのエンジン音がした。?。変だなとちょっと引っかかりながらも、車庫へ移動させ、なんとかエンジンがかかったと、彼に謝る。

昼過ぎ。今度は出勤のために車を車庫から出す。エンジンも一発でかかり、何の不安もなく出発。と、200mほど離れたところにある最初の信号で引っかかる。スピードメーターが0km/hを示すと同時に、パネルの照明まで消灯する!! げげっ、何度かやってみるがエンジンがかからない。そのうち信号が青になる。嘘だろう〜なんてわめきながら、もう一度キー回す。かかった! やれやれと思いながら、少しばかり込んでいる町中をトロトロと運転する。スピードが落ちると、そのままエンストする。ニュートラルにぶち込んでエンジンを吹かしまくっていればどうやら大丈夫そうだ。こんな状態の車で、アポの時間に間に合うのだろうかと若干不安を感じていると、対向車の中に彼の姿が。大急ぎでUターンし、彼を追う。家で彼の車に乗り換え、私はそのまま仕事へ。

彼はその後乗って様子をみたようだが、やはりあまり調子は良くない様子。悪いところをはっきりさせないと修理に出しようがないからと、夜、友人を送っていくのにこの車を出す。走り初めはヨタヨタしていたようだけど、彼の鍛え直しの効果あってか、快調になってご帰還。翌日も、翌々日も順調。

う〜ん、真冬なら車にごねられるのはわかるのだけど、夏でも過保護の車ってこんなものなのかしらねえ。
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2006年11月26日

slipware

スリップ・ウェア:泥しょうで装飾した陶器やせっき[Randam House]
slip;@素焼きに被覆したり装飾したりするのに用いる濃厚な粘土液。Aほうろう鉄器製作などの場合に、被覆用に鋼鉄の表面に焼き付けるのに用いるガラスを混合したほうろう液。
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2006年11月10日

北海道の旅

Nov.,2-8,2006

北海道は夏の観光シーズンが終わり、スキーシーズンを迎えるまでのオフシーズンに突入。飛行機代も東京往復より安くなり、フラッとパートナーと出かけてきました。

11月2日
昼頃出発の飛行機で、新千歳へ。14時30分着。そのままレンタカーを借りて、洞爺湖温泉を目指す。途中、白老でMother'sのシュークリームとプリンを購入。評判どおり、とても美味しいです。安いし。登別温泉に立ち寄り、公共の湯390円に浸かる。濃厚な温泉でびっくり。初日から強すぎたらしく、若干湯あたり気味になる。温泉で疲れた身体に鞭打って、パートナーと運転を交代しながら洞爺湖を目指す。(洞爺湖温泉泊)

11月3日
洞爺湖温泉は、登別と比べると若干落ちるけど、それなりのにごり湯。ただ泊まったホテルは中国人観光客で一杯。温泉も日本人はたぶん自分ひとりという感じだった。ただ、彼女たちのマナーは悪いわけではない。日本の大型旅館も外国人を受け入れることで、なんとか生き残っているのだと実感する。チェックアウト後、昭和新山と有珠山観光に出かける。教科書でしか知らなかった昭和新山が、目の前にそそり立ち、ちょっと感激する。ロープウェイを使って有珠山へ。外輪山を廻って銀沼火口原へ歩く。急な坂を上り下りすることになるから、かなり疲れます。ただ、得られるものも大。ここでのヒットはオオモズ。初めて見るこの鳥さんに大感激。下山して、寂しい洞爺湖温泉町で昼食。比較的有名なホタテラーメンのお店だったけどハズレ。ぶちぶち言いながら、今夜の宿、ニセコを目指す。美しい羊蹄山を見ながら、北海道らしい田舎道を暴走気味に走る。キタキツネがいない・・・。オフシーズンで格安のホテルに泊まり、ニセコ東山温泉に浸かる。お湯は×。ただ、ニセコには良い温泉があるようなので、明日は温泉めぐりになるようだ。(ニセコ東山温泉泊)

11月4日
連休中ということもあって、同じホテルに連泊することにする。このホテルは朝食夕食付きプランなのだが、洋食は満足できるものだった。和食は普通かな。混んだら嫌なので、朝一番に五色温泉に行く。うわさどおり良い温泉でした。ちなみに男性の露天風呂は、外から丸見えです。神仙沼へ行こうと思っていたのだけど、すでに道路が閉鎖され、あきらめることに。一旦、ホテルに戻ることにして、途中にあるミルク工房に寄る。観光客でごった返すお店だけど、お勧めのシュークリームはMother'sの方が美味。こちらはお値段もはります。ちょっとホテルで休憩して、倶知安方面に車を走らす。目的はじゃが太での昼食。ここもその隣の蕎麦屋さんもすごい人でした。30分程度待って食事にありつける。私はコロッケ定食。個人的にはもっとポソポソしたコロッケの方が良かった。でも美味しいです。お店の人の感じも良いし。羊蹄山を時計回りにまわり、ふきだし公園に立ち寄る。お水を汲む人で一杯でした。ちょっと硬めのすっきりした水です。水汲み場の整備がうまくされており、感心。この後はもう一軒温泉に行こうということになる。温泉としては湯本温泉が良いと情報を得ていたのだけど、五色温泉と近いこともあって湯質が似ているだろうと却下。そんなわけで、五色とは離れている薬師温泉に行くことにする。一軒しかない温泉で、運が悪ければ閉まっている可能性が高い。まあ、駄目なら他に行くということで、ひとまずここを目指す。そして、開いていました。ぼろい鄙びた温泉が。にごり湯とそうでないお湯があるそうだけど、にごり湯の方は混浴。パートナーが混浴にしようというから、いちよ浴場を覗いて見ました。女性側の扉が開いたものだから、中から「おお〜っ」というどよめきが。浴槽の縁にびっしり男性が浸かっている。扉の隙間からパートナーが私を覗きこんで一言、「御止めになった方が・・・」。お止めになりますよ、そりゃ。いくらある程度は平気な私でも、あれだけの頭数の男性をみると、その勇気もへしゃげていく。結局、私は女性用のお風呂に入ることにする。この温泉はぬるい炭酸泉で、しかも深い。お風呂の縁には腰をかけるところが作ってある。子供は完全に足がつかないだろう。だから、プールサイドのように梯子がかけてある。身体が熱くなるまでゆっくり浸かってお湯を堪能した後、ホテルに戻る。(ニセコ東山温泉泊)

11月5日
ニセコから札幌まで戻り、モエレ沼公園を散策する。自転車を借りて走り回り、公園内のレストランで昼食。ここの料理は絶品です。久しぶりに上質な洋食を頂いたという感じ。口の肥えたパートナーも夕食を食べに戻ってくると言い出す始末。メインのお肉料理はいま一つだったから、魚料理の方が上手なのかな。ただ、開いている曜日が限られているので、今回の旅では再訪できなかった。たぶん、札幌にくることがあると、必ず訪れることになるだろう。それぐらい美味しい料理だった。食後に、今度は旭川を目指す。北海道の日暮れは早い。16時前には薄暗くなり、16時30分には完全に真っ暗。ナビを頼りに、旭川のビジネスホテルにチェックインする。夕飯は好評な旭川ラーメン屋さん。とても流行っていたけど、うーんという感じ。パートナーは口直しが必要だとわめく始末。(旭川泊)

11月6日
このホテルの宿泊プランは旭山動物園のチケット付きというものだった。まあ、チケットそのものは安いのだけどね。そんなわけで、開園と同時に入れるぐらいの時間にホテルをチェックアウトし、いざ動物園へ。東口にある無料駐車場に車をとめて、園内へ。連休明けとはいえ、平日の割にはかなりの人混み。それでも、シロクマ館など人気のある箇所でも待ち時間もほとんどなく入れたのだから、やはり少ない方なのだろう。傾斜に作られた田舎の古臭い動物園の面影を残しつつ、一躍有名になって徐々に改善されてきているという感じの動物園。確かに動物は活動的だし、豹類もよく揃っている。ペンギンはつつかれそうなぐらい近い所で見ることができるし、カピバラをなでるクモザルなど、面白い取り合わせもある。動物好きの私のために旭川を今回のプランに組み込んでくれたわけだけど、パートナーも結構楽しんでいた様子。シロクマとゴマフアザラシはかなり気に入ったようだった。
ゴマフアザラシといえば、稚内で越冬する連中がいるらしく、今回、稚内経由で旭川に入るという計画もあったのだ。広島を発つ前にアザラシがいるかどうかを調べたら、そのときはまだ0頭。ただ札幌から旭川まで車を走らせていると、上空をハクチョウが飛んでいったりして、冬の訪れは間近な様子。ゴマフアザラシ、稚内に現る!のニュースは、帰りに乗った飛行機の新聞でみたから、ちょうどこの日あたりに第一陣が来たのだろう。私としては、やはり野生が見たい。ちょっと残念だった。
お昼過ぎには園内を見終わったので、そのまま近くの旭岳温泉を目指す。ここで20kmオーバーの切符を切られる(×)。わざわざ家からおしゃべりな新型レーダーを持参していたにもかかわらず、しゃべりが煩過ぎると、パートナーが電源を落としていたのだ。そんなものよね。結局、このレーダー何の役にもたたなかった。旭岳は冠雪しており、温泉郷は湯煙もあがっていない。閉めている所も多い。あまり、パートナーは入る気になれなかったらしく、そのまま少し山を下り、天人峡温泉へ向かう。さびれた感じの温泉で、日帰りは15時30分までだと、入湯を断られる。折角来たのだからと、羽衣の滝など景勝地を少しばかり観光する。ここ、景勝地としてはかなりのものです。道中の雰囲気も良いし、滝も涙岩も見ごたえがある。この後、高速を使って小樽まで戻る。佐呂間で竜巻を引き起こした低気圧の前線に途中で遭遇し、土砂降りの雨だった。小樽はすでに前線が抜けており、たまに雨がぱらつく程度。格安プランのホテルを見つけていたのでそこにチェックイン。ホテルでお勧めの寿司屋さんを紹介してもらってトライ。一軒目はまずまず。二軒目は高いけどとても美味しいところでした。よし寿司さん、今度行くときは一軒目で行きます。少しばかり倉庫群などの辺りを散策して、ホテルに戻る。(小樽泊)

11月7日
小樽から余市に向かう。途中、フゴッペ洞窟に寄る。縄文期の壁画(刻み混んだものだけど)を見ることができる。その後、ニッカウイスキー余市工場の見学。勝手に入って好きに見学して!というオープンマインドな工場だった。なかなか見ごたえあります。お酒好きの人には試飲コーナーも有り。私らには関係ないのだけどね。ウィスキーの香りに酔っ払いそうだった。この後、小宿という鰊屋敷を和風喫茶にしているところでお茶。お茶といっても三平汁をすすったのだけど。お客も来ないし、今年の店じまいをしようかと思っていたと主曰く。今年最後に間に合って良かったです。小樽市内に戻って和菓子屋さんで少しばかりお土産を購入する。そして札幌へ。中島公園近くのシティホテルで最後の夜。パートナーは車を返しに行き、私は出汁昆布がほしかったので二条市場へ向かう。なかなか楽しい市場で、お店の人に言わせると札幌で一番古いのはここだということだ。私たち観光客は場外市場の方が有名だからどうしてもそちらに向かってしまう。夕飯はすすきの(薄野と書くとは知らなかった)に二人で繰り出し、「かえで」という行列を作っている味噌ラーメン屋さんに入る。品の良い味で、スープまで飲む気になりました(私は普通ラーメンの汁は飲まない)。札幌はスープカレーの発祥の地だということで、今度はスープカレーのお店へ。元祖ラーメン横丁の近くにあるお店で、これもまた美味しかったです。スパイスのブレンドが絶妙! 二人で一皿頼んだのだけど、やはり食べすぎになりました。ロビンソンズのデパ地下で味つきイクラを購入。筋子を買っていけよというパートナーの言葉に、うまく味をつけることができるかどうかわからない、などと話していると、つかさずお店の人が出てきて当店の漬け込みイクラの試食会。これがまた美味しいこと。値段はそれなりに張るけど、市場で試食したのとは全く異なる。結局ここで瓶詰めにしてもらい、保冷袋を購入するために「アイスの家」を覗く。アイスクリーム用の小さな袋を見つけて、ラッキー。イクラを入れて帰ります。袋だけではなんだからと、パートナーはかぼちゃのアイスを購入。これがまたとても美味しい。スターバックスでお茶をして、地下鉄でホテルへ戻る。(札幌泊)

11月8日
チェックアウトした後、中島公園を散歩する。渡辺淳一記念館をちょっと覗いて、ぶらぶら狸小路まで歩く。狸小路で再び札幌ラーメンの昼食。たしか一国堂っていうところ。パートナーはこちらの味が気に入ったみたい。私にはちょっとくどい味。でも、美味しい方だと思う。ななかまどで、バッグをかってもらう。再び、アイスの家で、アイスクリームを食べる。ついでにハム類を購入。これは重いけどお持ち帰りだ。お昼過ぎに札幌駅へ向かい、そのまま新千歳へ向かう。15時過ぎのフライト羽田に到着。パートナーとはここで別れて、単身広島に帰宅。
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2006年10月09日

新彊ウイグル自治区への旅(その3)

8-23,SEP.,2006

9月13日
朝7時頃、タクラマカン砂漠は白み始めた。砂丘が姿を現し、朝日を浴びてとても美しい。砂丘はたくさん連なっており、永久に砂の波が続くかのようだった。砂漠公路の縁は植物が植えられており、定期的に水をやっているらしい。穴の空いたホースが道路を平行に走っている。砂を来させないためだろうが、とてつもない投資である。そのうち、砂丘は礫砂漠に変わり、徐々に緑が増えていった。河西南路に入ったのだ。バスは東向きに変わり、オアシス都市ホータンを目指す。道は若干悪くなり、それほどスピードは出せないようだ。14時20分頃到着。このままカシュガルに行こうとパートナーは言ったけど、これ以上バスに乗るのは嫌なので、私が反対。結局、泊まることになる。ホータンは近代都市でとても大きかった。シルクロードの田舎町に泊まるのも良いだろうなんてうそぶいていた私達。とんでもない誤解でした。バスターミナルからちょっと離れた場所になるホテルをパートナーが探し出してくれて、そこまでタクシー(5元)で移動。パートナーの買ってきたハミ瓜を食べて、少し休憩。ホータンにはウイグルの古い街並みが残っているので、旧市街まで散歩がてら歩いていく。シシカバブの買い食いとかしているうちに、貧血を起こしてしまった。寝不足と不規則な食事のせいかなあ。パートナーは貧血状態の私をみるのが初めてで、低血糖時のように何か食べさせば良いのか、心配する。貧血はじっとしていれば頭に血が戻ってすぐに良くなるから、とカバブを食べながらぼんやり座り込む。そのうち調子も良くなって、旧市街まで歩く。イスラム様式の建築物はなかなか情緒もあり、感じのよいモスクも建っている。ぶらぶら戻りながら、来がけにみつけたお粥屋さんで、お粥の夕食。ここでも胃に食べ物を入れると貧血気味になる。お粥ですらあまり食べることもできず、ホテルの戻って、ゼリー飲料を飲む。こういうこともあるだろうと、必ず一つは持参することにしているのだ。ミネラルなどの摂取で身体のバランスが戻ったのか、あとは復活。ホータンまで来ると、ウイグルは漢字が全く読めないので筆談はできない。(ホータン泊)

9月14日
8時起床。お粥を食べに行く。今日は完食。胃の調子もそれほど悪くないようだ。10時30分発カシュガル行きバスに間にあるようにチェックアウトする。ホテル前でタクシーを捕まえておくようにとパートナーに言われたので、道先でウイグルタクシーを捕まえる。パートナーがチェックアウトしてくると、もう一人、一緒に行く奴がいるという。珍しいことに日本人男性が同じ時間帯にロビーに降りてきたらしい。彼は、カシュガルから来て、これから砂漠公路を北上しコルラに行くという。一緒にバスターミナルまで行って(タクシー代は彼が出してくれた。申し訳ない)、彼の出発まで日本語でしゃべりまくる。彼はすでにチケットを購入しており、砂漠公路の風景に期待したいるようだ。我々は10時30分のバスに間に合わず(定員になったので、さっさと出発したらしい)、12時出発となってしまった。これはまたまた豪華バス(80元)。今回は豪華でした(笑)。この便もそうそうに定員になったので12時前には出発。河西南路は水が多く、オアシスも点在するというよりは連なっている感じ。思った以上に緑の多いところだった。ただ、随分長い間雨が降っていないようで、砂が舞い上がり視界はとても悪い。南に昆倫山脈が見えるはずなのだけど、一瞬しか見えなかった。豪華バス(速い)なので7時間10分でカシュガルに到着。20時頃には世紀賓館にチャックイン。12階建ての最上階の部屋からは中近東の様子を示す古い街並みを見下ろすことができて、最高でした(ツイン130元)。ここに来て、パートナーが水下痢。夕飯を買い出しにナンとシシカバブ、葡萄などを購入してホテルに戻る。食欲がないらしく、何も口にせず休んでいる。(カシュガル泊)

9月15日
パートナーがお腹が空いたというので、ホテル横のスーパーで買いだし。カップ麺とかクラッカー、コーラなどを購入して戻る。コーラとカップ麺を少し食べ、また横になる。ちょっと熱が出てきたようだ。天山南路を列車で移動することになるので、チケットを購入してきて欲しいと言われる。迷い方を見ながら、市内切符売り場まで行ったものの、建物はあるのだがそれらしいものはない。直感的に移動したのだと思ったのだが、この辺りはウイグル族だらけで漢族がなかなかいない。中国語で話している2人組を探し尋ねてみた。すると、おじさん曰く、「もっともっとこの道を下って、左に曲がって、うじゃうじゃっと右に行った所」(当然、中国語です。私にはこんな風に聞こえた)。どうやら、ホテルの近くらしい。まあ、一旦ホテルに戻って、午後から出かけ直しだと思い直し、ぶらぶら歩いて帰る。とても暑い。チケットオフィスは14時から開いていると書いてあるので、30分ぐらい前にホテルを出る。フロントでチケットオフィスの場所を尋ねると、なんとカシュガルバスターミナルにあるというではないか!! 目と鼻の先だよ〜。暑い中、あんなに遠くまで歩いて行ったのに!! 実際、行ってみるとありました。バス切符売り場の反対側は列車の切符売り場です。14時まで待って、購入する切符のメモを準備し、窓口で群がりわめき散らす中国人の間から、そっとメモを係員に渡す。メモには「喀什→吐魯番→敦煌」と日付などが書いてある。かしましい中国人を相手にするより良かったらしく、すぐに手配をしてくれる。ただ、トルファンまでしか購入できないといわれ、ウルムチから西安に続く列車は別路線でどうやらこちらでは買えないとのことだった。まだコンピュータネットワークがつながっていないのだろう。ここはトルファンまで購入しておくことにして、大金を支払う。中国はこういうところで現金払いだから、気を遣う。ひとまず、チケットも手に入れ、ホテルに戻ってちょっと休憩。暑さも和らいだ頃、アパク・ホージャ廟を目指してバスに乗る。最初に乗った20路バスは、どうやら車庫入りだったらしく、車掌さんにここに着いたら教えてというと、乗客を含めてみんな「降りろ!」という。バザールまで行って降りて、逆方向の20番にのり、そのまま廟まで行く。1700年代の建物らしいけど、黄緑から青色のタイルがなかなか美しいものだった。散歩から帰り、20時頃パートナーと一緒に近くのうどん屋へ行く。この店の近くに薬局(蒟)があり、そこで腸炎用の薬を購入。パートナーは英語で話していたけど、漢字の筆談の方が早かった(笑)。うどんは美味しく頂けたけど、パートナーにはちょっとパクチー臭かったようだ。少し元気になったようで、バスターミナルの列車チケットオフィスをこの目で見たいという。ターミナル近くの市場でハミ瓜を買い、ホテルに戻る。早速薬を飲んでいたけど、その後にまた下痢していたみたい。(カシュガル泊)

9月16日
パートナーは相変わらず辛そうだ。それでも午前中の私の散歩に付き合うという。エイティガール寺院へ向かうのに、バスにのり適当な所から街中を歩く。ちょうど選んだ道がお寺までの参道だったらしく、道の両側はおみやげ物屋さんでいっぱい。活気のある通りでとても楽しかった。パートナーはここで人民帽を購入。あまりにも似合っていて中国人みたい。お寺は10元。チケットは切手付きのポストカードになっているので、入り口付近は手紙を書く人が立ち並んでいる。お寺を見た後は、ウイグル居住地区を抜け、ホテルに戻る。食欲がわかないというので、カップ麺を購入しておいた。私一人食事して、16時頃から漢族の居住地区を目指して歩く。こちら側は街としては全く面白くない。ユスフ・ハズ・ジェジェフ墓、アスラン・ハン墓を見て戻る。夜になって近くの中華料理屋さんで夕食。野菜とご飯の食事をパートナーとともにとる。食欲は戻ってきたようで一安心。(カシュガル泊)

9月17日
朝起きてバザールに行く。日曜日なのでウイグル最大のバザールだと張り切ったのだが、どうやら早すぎたらしい。今ひとつ先日と変わらないような気がする。焼きたてパンとかプルーンを購入してホテルに戻る。お昼まで休憩して、タクシーで郊外にある駅まで行く(9元)。駅構内に入るのに2元必要になった。14時7分発の列車。座席番号は連番なのだが、コンパートメントが別になってしまった!! 私は4人部屋。彼のは2人部屋(しかも、相手はいないらしい)。結局、私が彼の部屋に勝手に入り込み、陣取っていたわけだが、その後その座席を購入したウイグルが何度か様子を見に来ていた。ただ、彼らはあまり文句を言ってこない人達で、どちらかというと泣き寝入りする。はっきり言えば、チケットを交換するつもりだったのだが、うやむやのまま覗かなくなってしまった。たぶん、チケットを交換しに行ったのだろう。私もさっさとチケットを交換しに切符売りのところへ行けばよかったのだが、それを怠ってしまった。夕飯は食堂車でかなり高め(44元)。ドイツ人だのオーストラリア人だの、外国人が大勢いた。深夜0時頃、車掌にたたき起こされて、切符が違うでしょっと言われる。ただ、聞いていると車掌が切符を交換してくるから差額を払いなさいという。結局、車掌にお金を渡し正式な切符が手に入ることとなったのだ。(車中泊)
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2006年09月27日

早期流産

妊娠がわかってお悦びの翌朝、妙に下腹が痛い。トイレに行くと出血。直感的に流産したことがわかった。ただ、お腹は痛いものの、病院に行くほどでもないし、午前中には外せない会議が入っている。早期流産はかなりの腹痛を伴うらしいから、少しばかりの期待をもって、午前は出社し、午後から近くの産婦人科へ行く。

「昨夜、妊娠検査薬で陽性だったのですが、今朝には出血してしまいまして・・・」
「まあ、ひとまず検査してみましょう」と先生。しかし、モニターに映る映像には何もない。あえて言えばひも状の怪しげな物体が映っているぐらい。先生はこの物体を取り出し、瓶詰めにした。まあ、へその緒のような感じだが、それほど成長が早いとは思えないけれど。4週間程度での早期流産だとのことだった。母胎の方には大した傷もなく(着床跡が出血と痛みの原因になるとのこと)、自然治癒力だけで何とかなりそうである。よほど成長していなかったのだろう。それでもしくしくとした痛みはあるし、出血も少しばかりあるのだ。女性は大変なリスクを課せられていることを少しばかり実感した経験だった。
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新彊ウイグル自治区への旅(その2)

8-23,Sep.,2206

9月8日
広島→仁川→西安へとフライト。西安到着は22時頃。この空港の両替所は9-17時oepn。西安の市内へと移動する人は、途端に中国元が必要となるので、この役立たずの両替所は不便です。我々は明日すぐにフライトなので、航空大酒店に宿泊。まあ、空港から歩いていけない距離ではない。時間帯によってはリムジンバスを運行している。ぼろいけど、朝食は種類も多く満足。(西安泊)

9月9日
まず、空港で両替。パートナーが300ドル、私が1万円程度両替する。ここでの両替は金額制限がある。
西安→ウルムチへフライト。15時過ぎに到着。リムジンバス(10元)に乗って、ウルムチ駅前まで行く。空港へは51番路線バスがあるが、バス停は遠くて不便。ただし料金は0.9元。
駅前の新彊飯店(ぼろく、ゴキブリが走っていたりするが、なぜかベッドメーキングだけは完璧。スプリングは堅くなくシーツ類も清潔)。ウルムチはこれといって見るところはない。人民公園から一日ツアーが出ているというので、様子を見がてらそこを目指す。担当のおばさんがおり、明日の出発を教えてくれる。天池ツアーを40元(正規料金は50元)でOKという。予約はしなかったが、明日間に合うように来ると伝えて、紅山公園を目指す。山の上にあるこの公園は、ロープウェイで登るようだが、強風のためかその日は動いていなかった。パートナーは坂が嫌いな人なので、ロープウェイの状態を見ただけで、行くのを断念。町歩きをしながら、バスターミナルへ行く路線を見つける。ウルムチからタクラマカンを縦断するつもりだったので、そのままバスターミナルへ下見に行く。その後、ホテル付近を通るバス路線で戻る。ホテル近くの中華料理屋さんで夕食。炒面以外はとても美味しい。(ウルムチ泊)

9月10日
早朝起床。タクシーで人民公園へ行き、ツアーバスに乗り込む。結構早めに行ったのが、すでにかなりの中国人観光客で占められていた。大型バス一台では乗り切れず、結局もう一台1Boxが準備され、後から予約したらしい人間が我々を含めてこちらに移動させられる。車はぼろいが五月蝿い中国人軍団と離れることができて、やれやれである。お昼前に天池について、まず入場券を買ってこいといわれる。これが90元! かなり低い位置にある駐車場で降ろされて、今度はリフトを使ってあがるという。これが35元! 11年前に私は来たことがあるけど、こんなものは無かったし、そもそも天池近くまで一気に車であがったと思う。リフトに乗るのに30分ぐらい炎天下で待たされ、やっとの思いで乗り込んだリフトは、超のろいペアリフト。たどりついた所が天池かと思うと、この辺りはお食事所で、非常に高価な炒面や炒飯(10元)でぼったくっている。ここからは、電気車で天池まで行くようで、歩くのが嫌な人はこれに乗り込む。我々は使わなかったので料金はいくらかわからない。しばらく登りを歩いて、やっと天池に到着。えぇっ! なにか違う! 一面緑で覆われ、白いパオが立ち、カザフ族が馬に乗り、観光客の間を闊歩していた風景はなくなり、その代わりに民族衣装をまとったカザフの舞台ショー、岩だらけでごつごつした大地、手入れされた遊歩道、ごった返す中国人観光客、貸し民族衣装屋、低くなった湖面、青くない空(空気は霞を含んだよう)と、何もかにもが変わっていた。氷河が後退したためなのか、観光地として整備したためなのかわからない。パートナーにはここの素晴らしさを常々話していたため、相当文句をいわれるハメに(笑)。天池にはわざわざ行く必要はないだろう。美しいパンフレットの写真は、過去のものであり、その面影は残っていない。ウルムチ市内に戻り次第、荷物をホテルでpick upし、そのままバスターミナルへ行く。トルファンへの切符を手に入れ、バスに乗り込む。20時過ぎ出発、到着したのは23時30分過ぎぐらい。思ったより時間がかかった。
バスターミナルに隣接する交通飯店ではドミトリーしか空いておらず、パートナーはホテル探しに行ってくれる。明日のトルファン観光も一日ツアーに参加しないと大変なのだけど、この時間だし、代理店をみつけようもない。交通飯店でパートナーを待っていると、3人の男性に日本語で声をかけられた。あまりにも流暢なので、日本人の旅行者かと思ったぐらい(笑)。交通飯店の2階に事務所を持つ旅行代理店の社長ほか社員で、2006年4月から旅行会社を始めたとのこと。それならトルファン一日ツアー(60元)も扱っているとのことで、渡りに船だ〜! しばらくしゃべっているとパートナーが戻ってきて、経緯を話す。まずチェックインして、荷物を置いてから、彼らの事務所に行く。社長は日本語でチャットをやるような人で、中国人と外国人の興味の対象の違いを良く認識しており、中国人ツアーに参加することをあまり進めない。それでも、チャーターしてまでがんばる気のないパートナー、結局中国人ツアーに参加することでOKをだす。(トルファン泊)

9月11日
社長さんは気を利かせてくれて、アメリカ人女性1名と我々2名でのタクシーツアーにしてくれた。このアメリカ人女性は中国語がペラペラで、結局タクシーの運ちゃんの言葉を英語で通訳してくれた。パートナーが英語達者だから、安心。まず交河故城。ここは昔と変わらない。良い遺跡である(40元)。朝一番だったためか、観光客もまだ少なく随分奥まで歩いていくことができた。ただ相乗りのツアーなのでそれほどたっぷり時間をとるわけにはいかなかったが。次に連れて行かれたのが、カレーズを見せる施設(20元)。さすがに前に来たときはこんなものはなかった。これはいけません。20元払う価値なし!! カレーズの構造を見せる施設なのだが、おみやげ物屋ばかりで何の意味もない。アメリカ人と一緒になって文句言いまくり! すると運ちゃん、村中にあるカレーズに連れて行ってくれました。こちらが本物。次が、葡萄こうと呼ばれる所(60元)、ここは社長さんもお勧めだったのだけど、なんじゃこりゃーって感じ。葡萄栽培のみずみずしさは、多分乾燥地帯の人にとってとても癒されるものなのだろうけど、我々水浸しの国の人間にとっては何の感動も生まれないものだった。値段が高かっただけにアメリカ人ともどもがっかり。彼女もモロッコの人が良かったと言っていたからと入ったのだけどねえ。運ちゃんの友達のレストランで昼食。少し高め。次が、ベゼクリク千仏洞(20元)。ここもそれほど変化はない。たむろしていたウィグルがいなくなったぐらいか。そして、火焔山。前来たときは道路脇から山の麓まで強風と熱波の中、歩いていった記憶があるのだけど、なんとここもお金を取るようになっている!! お金を取るから、山の麓には長い壁が作ってある。壁の向こうにいくためには20元払わなくてはならないのだ。風景にお金とるなよなあ。そのために景観は台無しにしているし、この拝金主義はどうにかならないものだろうか。高度成長を続けている中国人にとってはお金を払ってみることが、一種のステータスなんだろうけど。我々先進国の人間にとってこのナンセンスは頂け無くって、つかさずパス。運ちゃん、どうしてここのお金が払えないのか納得いかなかったようです。あとアスターナ古墳(20元)、ここはかつてはタダだったような気がするけど、お金をとるようになった分、囲いがしっかりし、景観を台無しにしていた。日本人観光客以外はいない。それから高昌故城(30元)。相変わらずのロバ車争奪戦で、すごい活気だった。遺跡内では随所に監視員がおり、ちょっと道をはずすと叱られる。どうしてだろう? 人が少なければうら寂しい感じの遺跡なのだけど、ごった返す中国人旅行客のおかげでそういう雰囲気でもない。ロバ車は2人で往復30元。我々のような個人客は日銭になるのか、勧誘は喧嘩腰。18時30分ぐらいにホテルに戻る。近くの屋台街で夕食。カバブやナンはとても美味しい。バザールでプルーン、リンゴ、ハミ瓜を購入。(トルファン泊)

9月12日
トルファンのホテル、東方飯店をチェックアウト。エレベータはないホテルだったけれど、新しくて綺麗だった。近くの中国銀行で両替500ドル。このままウルムチに戻り、16時発ホータン行きに乗ることにする。このバスは、豪華バスで料金もかなり高め。バスターミナルで目にしたことのある豪華バスはどれも窓が広く、シーツも綺麗そうだ。この豪華バスで、いよいよタクラマカン砂漠縦断である。
ところが、その時間発のバスは、普通のバスだった。納得のいかないパートナーはしばらく文句を言いまくっていたが、他の中国人もおとなしく高い料金を払ってこのボロバスに乗っている様子。満席にならなかったため、ぐずぐず出発を延ばし、ポケットマネーにするお客を拾い(チケットセンターを通さずにバスに乗せる)、やっと17時前に出発。途中ウィグルレストランで、炒面の夕食。言葉の通じない我々に店主は憮然としていたけど、そのうち日本人だとわかるとすごく愛想が良くなった。こういう店に立ち寄る外国人は珍しいらしい。パートナーのハンディカムが大いにうけて、そのうちオーナーまで出てきて2000元で売ってくれと盛り上がる。
深夜にバスは砂漠公路に入った。タクラマカンの空気は澄んでおり、とても星空が綺麗だ。(車中泊)
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2006年09月25日

妊娠(7週目)

中国への旅行中、生理にあたることはわかっていたのだけど、幸いなことに過酷なニーハオ・トイレ(田舎はみんなまだこれです。11年前より仕切は増えたような気がする。扉はありません)で大変な思いをすることはなかった。けれど、さすがに予定日3週間を過ぎたあたりから、単なる遅れではなさそうな予感が・・・。

今日、やっと検査薬を購入してトライ。尿をかけて1分も待たないうちにみるみる陽性反応が・・・

母体が年とっているし、着床することはないだろうと思っていたのだけど。完全な高齢出産だわ。子どもが成人するまで生きていられるだろうか、かなり不安。パートナーは男児を熱望しているので、男の子なら良いのだけどね。こればかりはパートナー次第ですので(笑)。

今のところ、これといった体質の変化はない。明後日にでも病院に行ってみようと思う。
ニックネーム bubobubo at 23:48| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記

新彊ウイグル自治区への旅(その1)

8-23,SEP.,2006

子どもの頃、NHKのシルクロードを見て育った世代としては、タクラマカン砂漠には何かを引きつけるものがある。Wikipediaによると「シルクロード-絲綢之路-」(全12集)は1980年4月-1981年3月に放送されているので、ちょうど私は中学生ということになる。結構な値段のハードカバーを全巻順番に購入したことを思い出す。カシュガルは私にとってアジアの最果てのイメージが刷り込まれたのもきっとこの番組の影響だろう。「カシュガルへ行く」という希望は、いつからか抱き続けてきた夢だ。1995年8月に新彊には行ったのだが、ツアーでカシュガルへの旅行者は集まらず、結局ウルムチ止まりとなっていた。今回はパートナーと共に自由旅行でカシュガルを目指す。ただしノービザが有効な15日以内という制限付きである。

ちなみに、「シルクロード」では、以下のような放送だったらしい(出典;Wikipedia)

遙かなり長安(1980年4月7日)
黄河を越えて -河西回廊1000キロ-(1980年5月5日)
敦煌(1980年6月2日)
幻の黒水城(1980年7月7日)
楼蘭王国を掘る(1980年8月4日)
流砂の道 -西域南道2000キロ-(1980年9月1日)
砂漠の民 -ウイグルのオアシス・ホータン-(1980年10月6日)
熱砂のオアシス トルファン(1980年11月3日)
天山を貫く -南彊鉄道-(1980年12月1日)
天山南路 音楽の旅(1981年1月5日)
天馬の故郷 -天山北路-(1981年2月2日)
民族の十字路 -カシュガルからパミールへ-(1981年3月2日)


さて、私達の旅も、長安(西安)から始まる。
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2006年09月04日

背中が痛い。

昨日、穏やかな瀬戸内海にカヤックで出陣。2度目の挑戦である。ダム湖とは違って、沖合を船が通れば波は多少高くなるし、潮の流れや風も受けやすい。

相変わらず、なかなか真っ直ぐ進まず、次第に回転する。パドルをつっこんでいる方に曲がっていくので、相当変なこぎ方をしているらしい。

あまりに下手くそなのでその場で右なら右だけで、スピンの練習。これは右回りも左回りもとても上手く行く。しかし、真っ直ぐ行こうとするとなぜか変な方に曲がり出す。困ったものである。

海から上がって、カヤックを車まで運べと言われたので、しぶしぶ自分で運んだのだが、これは止めておくべきだった。あまりの重さに5メートルずつぐらいしか運べないし、自分の肩まで持ち上げることなんかできないから、両手でぶら下げるようにして運びかなり背中に負担をかけたらしい。昨夜は疲れて早々に寝ちゃったんだけど、背中が痛み出して寝てられない。今日も、座り仕事をしているとだんだん背中が熱を帯びてきて、集中力もへったくれもない状態にある。

背中の筋肉なんて普段使わないから、ぶちぶちに筋肉繊維がきれちゃったのだろう。背中だけ筋骨隆々になったら嫌だなあ(笑)。
ニックネーム bubobubo at 14:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記